背景と課題
データを活用した「学びを継続できる環境」づくりに着手
一般財団法人 滋慶教育科学研究所 教育データサイエンスセンター センター長
静間 久晴氏
「職業人教育を通して社会に貢献する」というミッションを掲げる滋慶学園グループ。専修学校制度が施行された1976年に設立した歯科技工士養成校が同グループの原点だ。建学の理念である「実学教育・人間教育・国際教育」を大切に、現在では全校の教育機関で業界に直結した専門教育を実践。時代の変化や社会のニーズに即応した専門学校として、養成した人材は500職種を超え、様々な産業界に33万人以上の卒業生を輩出してきた。
滋慶学園グループは、ミッション実現に向けてDX(デジタルトランスフォーメーション)にも積極的に取り組んでいる。中期経営計画「第7期5カ年計画(2022年-2027年)ではDXロードマップを描いた。目指すのは、2027年までに「個別最適化されたサービスを展開し、変化する社会の中で一人ひとりの学生の自己確立を支える生涯教育機関」だ。その実現を牽引する組織としてDX推進委員会を設立し、グループの各学校にDX戦略を落とし込む役割を担うDX推進委員とともに、グループ一丸となったDX推進体制を整えた。
DXロードマップの重点項目の中でミッションの根幹に関わるのが、データ活用による「教育DX」である。同グループの教育現場における従来の課題について、滋慶教育科学研究所 教育データサイエンスセンター センター長 静間 久晴氏は話す。
「当グループにおいて、教育は手段であり、目的は職業人を育成し社会に貢献することです。 教員を務めていた当時、『学びを継続できる環境づくり』を模索していました。教育現場から志半ばで学生が離脱してしまうと、私たちは学生や社会に対してその可能性を広げるチャンスを失うことになるからです」
学びの継続性確保では、教職員に対する負担軽減が重要なポイントとなる。2020年、課題解決に向けて同グループに転機が訪れた。グループのMicrosoft 365導入により、「学びを継続できる環境づくり」が動き出した。
「様々なログをマイクロソフトのBIツールPower BIで可視化することで、ダッシュボードにより様々な角度から学生の動向をタイムリーに把握できます。マイクロソフトに相談していく中で、まずはPoC(概念実証)を行うことになりました」(静間氏)
導入のポイント
教育支援・指導用ダッシュボードの実績を高く評価
教職員向けダッシュボードにおいてPoCのパートナーとなったのが、データ活用やBI分野で豊富な実績を持つジールだった。「マイクロソフトからの推薦に加え、渋谷区教育委員会における教育支援・指導用ダッシュボードなどの実績を高く評価しました」(静間氏)
ジールの技術支援のもと2023年2月から4月まで、実際のデータを活用しPoCを実施。現場の教職員の観点から見やすさと使いやすさを重視し確認したという。PoCで手ごたえを得たことで、2023年8月の本稼働を目指し開発・構築に入った。3カ月間という短期間構築の中で、1.方針転換、2. オープンソースの教育データ分析アーキテクチャー「Open Education Analytics(以下、OEA)」へのチャレンジ、3.使いやすさの徹底追及の3つの重要テーマを乗り越えることを求められた。
1つ目の重要テーマは、1つの学校の教職員向けダッシュボード・プロジェクトが、グループ全体で取り組む方針へとシフトしたことだ。このプロジェクトに対するグループ全体の期待の大きさが窺えるが、プロジェクトの進行面で一気に緊張が高まった。グループ全校に展開するためには、グループ共通で利用する基盤の構築が必要になる。「ジールには大きく方針転換をしてもらいました」(静間氏)
グループ共通基盤の構築ではデータ統合が課題になったと、滋慶学園グループのITやDX推進を支えるブレーンスタッフコンサルタンツ 本部長 佐藤 公宏氏は振り返る。
株式会社ブレーンスタッフコンサルタンツ 本部長
佐藤 公宏氏
プロジェクト推進・技術支援のポイント①
様々な観点から複数パターンを提案し理想形を導き出す
株式会社ジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット コンサルタント
小林 俊也
従来、学生データは各学校のシステムや担任のデスクトップに散在していた。「内製化を前提に、Azureをベースにスタディログを含め学生データを統合する基盤に関して、ジールから複数提案を受けました」(佐藤氏)
提案のポイントについて、ジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット コンサルタント 小林 俊也は話す。「Azure上でデータ統合基板を構築する場合、構成によって拡張性や内製のしやすさが変わります。データの収集・分析を学校ごとやエリアごとに行うか、グループ全体で一カ所に集約するか。また、各学校や担任が見たい情報を、どのようにしてセキュアにアクセスしてもらうか。様々な観点を想定したパターンをご提案しました」
「複数提案の中からどれを選択するべきなのか、最初は判断基準が分からなかったというのが本音です。現場側の私たちと、システム側のジールとの間で認識に関して乖離がありました」と静間氏は率直に語り、こう続ける。「ブレーンスタッフコンサルタンツに相談するとともに、ジールも当グループの立場に立ち、寄り添って対応してくれたことで当初の乖離は徐々に埋まっていきました。試行錯誤はありましたが、最終的には理想形となりました。データの収集・統合・加工・保存を一カ所で行い、内製化でグループ全体に展開できます」
滋慶学園グループのデータ統合基盤は、ビッグデータ分析、データ統合、DWH(データウェアハウス)を統合した分析プラットフォームAzure Synapse Analyticsを中心に、データを構造化・非構造化などの多様なデータを蓄積できるAzure Data Lake Storage Gen 2、ローコード機会学習機能Azure Machine Learning、Power BIで構成。学生データを扱う統合基盤の構築では、セキュリティ確保が基本条件となる。ポイントについて佐藤氏は言及する。
「この校舎や特定の教職員しか見ることができないといったアクセス制限を細かく設定しました。また、各校舎とデータ統合基盤の間はVPN接続により通信の暗号化を行うことで、セキュアなやりとりを実現しています。ジールには、グループ学校がVPN接続を容易に行えるように、Azureの設定やネットワーク構成を工夫してもらいました」
導入のプロセス
ほぼ前例がないOEA活用にチャレンジ、現場での使いやすさも徹底追及
2つ目の重要テーマは、ほぼ前例がない、マイクロソフトがコーディネートしているオープンソースの教育データ分析アーキテクチャーOEA活用へのチャレンジだ。OEAは、Azure Synapse AnalyticsとPower BIを使って、教育現場で効果的にデータを活用するためのベストプラクティスや技術リソースを、世界中で共有するプログラムである。今回のプロジェクトでは、OEAを使ってスタディログを活用できる仕組みを構築した。
プロジェクト推進・技術支援のポイント②
高い技術力とマイクロソフトとの密な連携でOEAによるスタディログを活用
OEAを利用するメリットについて静間氏は「新しいツールを導入するなどコストをかけることなく、全学生の様々な活動データを収集できることに大きな可能性を感じています」と話す。ポイントは、OEAにより出力されたスタディログを、各学生のアカウントと紐づけて時間帯やアクションなどの軸で分析できるという点だ。
さらに、学生データを組み合わせることで、成績などとの相関関係の分析も行えるとジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアアソシエイト 岡崎洋助は付け加える。
「途中で大きな方針転換があった中でスケジュール通りに進行でき、感謝しています。ジールの技術力とマイクロソフトとの密な連携があったからこそ実現できたと感じています」(静間氏)
株式会社ジール ビジネスアナリティクスプラットフォームユニット シニアアソシエイト
岡崎 洋助
静間氏の話を受けて岡崎は、「滋慶学園グループ様の目的は、OEAの機能を使いこなすことではなく、既存の学生データと組み合わせた分析を行うことにありました。そのため、機能の取捨選択を行い、まずは必要なデータの取得を実現。また、内製化での横展開もしやすいよう、更新作業を最小限にするなど運用面も意識した開発を行いました」と話す。
3つ目の重要テーマは、現場の教職員にとって使いやすいダッシュボードを実現すること。多様な角度から可視化ができても、現場が使いこなすことができなければ意味がない。問題は、「何が使いやすいのか」は触って確認しながらでないと見えにくい点にある。
プロジェクト推進・技術支援のポイント③
提案、確認、改善のサイクルを繰り返し、使いやすさを徹底追及
「使いやすさは人によって異なるため、私だけでなく他の先生にもプロトタイプを触ってもらい、意見を集めてジールに伝え、それをもとにジールが改善し再提案を受けるというサイクルを繰り返しました」(静間氏)
ジールの小林は「静間先生をはじめとする先生方のご意見を反映し、“こういう見せ方もできます”というのを毎週ご提示し、少しずつ最適解に近づけていきました。静間先生と密にコミュニケーションをとることができたことが、現場における使いやすさの実現に向けて重要なポイントになったと思っています」と話す。
導入効果と今後の展望
学生の変化の予兆を掴むだけでなく個性を伸ばすことにも活用
教職員用ダッシュボードの構築・開発期間中に、AIを活用したクラスタリング手法についてトレーニングコンテンツを用意しハンズオンを実施するなど、内製化に向けてジールはスキルトランスファーを行った。クラスタリング手法はアンケート回答の分類で利用する。
2023年8月、「学びを継続できる環境づくり」に向けて教職員用ダッシュボードが本稼働。複数校でトライアルを開始した。利用者からは、学生に関するデータの一元化により、データを多角的に見ることで新たな“気づき”が得られる点を評価する声が寄せられているという。「学びの継続性確保や個性を伸ばすために、既存の学生データを可視化することで、学生に対しどのタイミングでどういう切り口で関わっていくか。学生一人ひとりに対するフォローとともに、面談時にダッシュボードを見ながら学生と会話をしたいという現場のニーズが大きいことも分かりました」(静間氏)
OEAによるスタディログ活用について静間氏は言及する。「オンライン授業への参加や、特定ファイルの操作などのログと成績を結びつけたりしています。今後、学生指導に役立つスタディログを収集する工夫も重要な課題です」
教職員用ダッシュボードは一般的用途とは異なり、学生一人ひとりの行動データを可視化している。そこから“気づき”を得るためには、教員としてのこれまでの経験やノウハウを生かすことが必要だ。「これから教職員用ダッシュボードの研修を行うのですが、操作面ではなくダッシュボードを使う考え方をテーマの中心に据えています。現場の教職員がダッシュボードを実際に体験しながら、どう使うことで成果が出るのかを話し合う場にしていきたいと思っています」(静間氏)
今後の展望について静間氏は話す。「ダッシュボードと組み合わせて、教員や学生をアシストする生成AIの活用も重要なテーマです。さらに、18歳人口減少が続く中、経営の観点で学生データを活用する重要性も高まっています」
学生一人ひとりの可能性を広げることにも教職員用ダッシュボードを役立ていきたいと静間氏は強調しこう続ける。「ジールには、スタディログの活用も含めて教育効果を高めるダッシュボードの成長と進化をともに歩んでいただきたいと思います」
日本産業の復興を支えるのは職業人だ。滋慶学園グループが果たす役割、社会が寄せる期待はますます大きくなっている。ジールはこれからも同グループにおける教育ダッシュボードの成長と進化を支援することで国内産業の発展に貢献していく。