背景と課題
社内システムのモダナイゼーション推進とともにオブザーバビリティの導入に踏み出す
大日本印刷株式会社(以下、DNP)の情報システム部門から1998年に分社化し、DNPグループの情報システム専門会社としてグループ各社にITサービスを提供し続けるDNP情報システム。DNPの電算室時代から脈々と引き継がれてきた膨大な業務知識を日々刷新するとともに、クラウドサービスやSaaS、AIといった新技術も掛け合わせることにより、ITの側面からDNPグループの業務や事業展開をサポートしている。
近年では、DNPグループにおいても喫緊の課題であるDXを加速させるため、IT基盤の変革に積極的に取り組んできた。その柱の1つに据えているのが、IT基盤のモダナイゼーションである。その目的には、マイクロサービスといったクラウドネイティブ技術との柔軟な連携による変化に即応可能なIT基盤の実現、そして、守りのITから新技術を積極的に活用した「攻めのIT」へと、情報システム部門のマインドセットを変革していくこともあったという。
そうしたIT基盤のモダナイゼーションを目指し、2021年よりDNPでは既存システムの本格的なクラウド化に着手する。デジタルイノベーション推進センター センター長 河野 智晃氏は「これまでオンプレミスの基盤上に構築されてきた基幹系・情報系システムは100業務以上に達していますが、これらのシステムのクラウドリフトを進めてきました。さらにその先に見据えているのが、アーキテクチャの抜本的な変革を含めたクラウドシフトです。システムのコンテナ化や自動化によるサービス開発基盤のモダナイゼーション、そして、マイクロサービスをはじめとしたクラウドネイティブ技術を活用したアプリケーション開発へとモダナイズを図ることで、ビジネス環境の変化に柔軟に対応できるシステムの実現を目指しています」と説明する。
株式会社DNP情報システム デジタルイノベーション推進センター センター長
河野 智晃氏
「また、モダナイゼーションを推進していくにあたって定めた方針に、『デベロッパーズエクスペリエンスの向上』があります。例えば、CI/CDによる自動化などの導入により、開発者体験を改善することで開発業務に余裕をもたらし、よりビジネスに貢献するアプリケーション開発に注力できるような環境づくりも目指しています」(河野氏)
そうしたモダナイゼーションを進めていくにあたり、不可欠なものとして導入を決定したのが、オブザーバビリティ(可観測性)である。オブザーバビリティとは、システムに何か異常が起きた際に、単に通知するだけでなく、「どこで何が起こったのか」「なぜ起こったのか」を把握するための仕組みだ。膨大なデータからシステム内部の状態を可視化して障害原因を特定することにより、予期せぬ問題に対応したり、問題の発生を未然に防いだりすることを可能にする。
株式会社DNP情報システム システム第3本部 システム基盤サービス部 部長
長澤 靖博氏
オブザーバビリティ導入のねらいは、現状のシステム運用における課題の解消、およびモダナイゼーションの進展に伴うシステム運用の複雑化への対処があった。システム第3本部 システム基盤サービス部 部長の長澤 靖博氏は、「多くの業務がシステム化され、かつSaaSの利用も進んだことで監視対象が増加し、運用管理にまつわる負荷は年を重ねるごとに上昇していました。また、今後、さらなるクラウドサービスの活用増や、アプリケーションのマイクロサービス化が加速していく中で、運用監視はますます複雑化し、従来型の監視システムでは、障害発生時等の対応が困難になると危惧していたのです」と語る。
加えて、そうしたシステムの増加・複雑化はログの膨大化やアラートの増加も招き、人手による対応にも限界が見えていたという。これらの課題解決に加えて、アプリケーション開発の品質の向上もオブザーバビリティ導入の期待効果として挙げられた。
「オブザーバビリティを活用すれば開発者が自らアプリケーションの稼働状況を正確に把握可能となり、何か問題が見つかった時にもすぐに改善に着手できるようになります。結果、開発者のアプリケーション開発に伴うトイル(労苦)が削減され、働き方改革も推進できると考えました」(河野氏)
採用のポイント
オブザーバビリティ導入を伴走支援するパートナーとしてジールを選択
PoCの結果、プラットフォームにDynatraceの採用を決定
そうしたDNP情報システムのオブザーバビリティ導入を伴走支援したのが、ジールだ。今回、ジールはDNP情報システムのオブザーバビリティの導入を成功に導くため、実運用を見据えたコンサルティングをはじめ、ソリューションの選定とPoCの実施による比較検討、そして本番稼働に向けた初期設計および導入サポートまでを支援している。
オブザーバビリティの導入パートナーとしてジールを選択した理由についてシステム第3本部 システム基盤サービス部 課長の一澤 泰平氏は次のように説明する。
「ジールはオブザーバビリティに関して、サービス事業者出身のエンジニアを多数保有しており、単一のオブザーバビリティツールだけでなく複数のソリューションに対応可能なエンジニア力を有していました。そうした技術力に加え、オブザーバビリティに関する多くの導入実績と高度な専門知識に基づき、当社が掲げる要望ついて入念にヒアリングを実施。現況を十分に理解したうえで、どのソリューションが当社にとって最適なのか、また、本番運用に向けてどのようにしてオブザーバビリティを実装していけばよいのか、適切な提案を行ってくれました。これらのポイントを総合的に評価し、ジールをパートナーとして選択しました」(一澤氏)
株式会社DNP情報システム システム第3本部 システム基盤サービス部 課長
一澤 泰平氏
ジールの支援のもと、DNP情報システムは複数のオブザーバビリティソリューションの比較検討に着手。PoCによる実検証と評価を実施した結果、最終的に選定されたのが、オブザーバビリティプラットフォームの「Dynatrace」だった。
Dynatraceは、アプリケーションからインフラ、クラウド環境からオンプレミス環境まで、包括的に可視化することにより、企業システム全体にわたるオブザーバビリティを実現するもの。複雑化する大規模システム環境をAIの活用によって自動的に可視化し、問題発生時にはその原因も自動特定するほか、問題の影響範囲と重要度の自動評価も可能とする。このほか、アプリケーションパフォーマンス監視(APM)によるアプリケーションの実行状況の詳細な把握や、リアルタイムなユーザー体験の監視も実施できる点が特長だ。
株式会社DNP情報システム デジタルイノベーション推進センター
川井 雄貴氏
これらの優れた機能群に加え、Dynatraceを選択した決め手となったのが、対象となるホストにインストールするだけで簡単に監視を開始できる「Dynatrace OneAgent」の活用による導入の容易性だった。一澤氏は、「Dynatrace OneAgentを利用すれば、私たち自身で複雑な設定作業を行うことなく、監視対象となるシステムから必要なメトリックを取得したり、アプリケーションに関する問題を自動的に通知してくれたりするなど、すぐに運用をはじめられることが評価ポイントでした」と説明する。
「また、Dynatraceは、従来のシステムログを参照しただけでは見つけられなかったユーザーレスポンスに関する問題についても、複雑な設定を行うことなく可視化できる点も評価しました。これにより、アプリケーション開発者は問題解決に時間を取られることなく、開発業務に専念できるようになると判断しました」(一澤氏)
デジタルイノベーション推進センター 川井 雄貴氏も「アプリケーション開発者の立場からはDynatraceはアプリケーションの性能向上に必要な情報を自動的に取得できることは魅力でした。加えて、設定の容易性により開発者であっても大きな負担なく導入、利用できることも有用でした」と語る。
導入のプロセス
従来の運用監視の枠に留まらないより効率的で高度な可視化の実現を目指しオブザーバビリティの導入を適切にサポート
今回、DNP情報システムのDynatraceの導入プロジェクトにおいて、ジールはPoCと初期導入を支援。現在、ジールのサポートによる導入プロジェクトはいったん完了し、Dynatraceの一部本番運用が開始されている。
プロジェクト推進・技術支援のポイント①
オブザーバビリティ導入で期待されるより高度な運用監視の実現に向けて伴走支援
今回、Dynatraceの導入支援を行ったジールの森本 伸幸は、「はじめにDNP情報システム様からはDynatraceの導入にあたって『従来のような単なるシステムの死活監視に留まらない、アプリケーションの稼働状況までもつぶさに可視化することで、アプリケーションの改善ポイントの把握、ひいては開発者の働き方を変革する』ことが要望として寄せられていました」と振り返る。
「そのために、まずは製品選定段階においてオブザーバビリティの導入で考慮すべき重要ポイントを理解してもらえるよう努めました。実際、導入のハードルは各製品によって異なるため、具体的にハンズオンを行いながら、各ソリューションの違いをご理解いただけるように努めました。併せて、機能面だけに着目するのではなく、特に運用を重視して、DNP情報システム様が自社内で運用を行えるような製品選定の支援に注力しました」(森本)
また、監視システムという観点からインフラ面が主に重要視されがちだが、オブザーバビリティの実現に際しては、アプリケーションの可視化も不可欠となる。
「そうしたことから、アプリケーションの状態に関して、『どのような事象が可視化できるようになれば、DNP情報システム様にとって最大の効果をもたすことができるのか』ということを常に考え、Dynatraceの設定に取り組みました。また、設定を済ませればすぐにDynatraceの機能がうまく活用できるわけではありません。そこで、現状のヒアリングとレクチャーを繰り返すことでスキルトランスファーを実施、最終的にDNP情報システム様がオブザーバビリティの運用を内製化できるよう努めました」(森本)
株式会社ジール クラウドマネージドサービスユニット 上席チーフスペシャリスト
森本 伸幸
プロジェクト推進・技術支援のポイント②
限られたスケジュール内でPoCを完了できるよう、後方支援を推進
株式会社ジール クラウドマネージドサービスユニット マネージャー
星 一成
今回、Dynatraceの導入にあたっては、ジールのサポートのもと、他ソリューションとの比較検討も含めたPoCも実施された。
プロジェクトマネジメントを担当したジールの星 一成は、「今回、PoCに充てられた期間が短くタイトなスケジュールが設定されていた中、DNP情報システム様の負担を減らせるよう、PoCの評価指標項目の策定をはじめ、実際の作業の進行についても、可能な限り後方支援に努めました。例えばPoCの評価指標項目については、実運用を重ねてきた経験からの視点に基づき評価指標項目を作成し、DNP情報システム様と内容をすり合わせながらPoCに臨みました。」と説明する。
「このほか、Dynatraceの本番運用開始後に必要となる利用者向けガイドの作成などについても、ジールの活用事例を踏まえながらアドバイスを行うなど、DNP情報システム様がスムーズな本番運用への移行ができるようなサポートにも努めました」(星)
導入効果と今後の展望
Dynatraceの活用で障害対応を迅速化
SREチームの主導によりオブザーバビリティの社内利用を推進
ジールの伴走支援により、Dynatraceを活用したオブザーバビリティの活用に踏み出したDNP情報システム。その前哨として、まずはクラウドリフトした既存のシステム環境を対象にDynatraceによる監視を開始しているが、既に効果を享受できているという。
その最たるものが、データ収集に伴う負荷の削減、および障害対応の迅速化だ。一澤氏は、「Dynatraceの活用によって障害箇所を迅速に特定できるようになり、障害時間と障害対応時間の削減が図られています。これまでは障害や問題の発生に際して、監視ツールを用いてのサーバのメトリックやログを収集し、さらにExcelで再集計し原因の追究や分析を行っていたのですが、それらの必要なデータはDynatraceに統合されており、すぐに可視化・取得できるため、問題解決のための時間が大幅に短縮されています」と話す。
長澤氏は、「現時点ではDynatraceを活用したAPMを開始したところですが、今後はインフラについても稼働状況の可視化を展開していく計画です。これにより、オブザーバビリティインフラの運用効率化、ひいてはインフラチームの生産性向上に活用を進めていきたいと考えています」と語る。
Dynatraceの活用により、今後は従来の運用監視だけでは行えなかった多彩な可観測性の推進により、アプリケーションの品質向上にも取り組んでいく構えだ。
そして、今後はDynatraceによって収集された情報に基づきSLO(サービス目標)の達成率を数値化、アプリケーション開発の改善結果の見える化を図るなど、運用監視についてもデータを活用する文化を醸成していきたいという。
「Dynatraceによるオブザーバビリティをインフラチームだけでなく、アプリケーション開発チームも積極的に活用していけるよう、その浸透を図るためのSRE(サイト信頼性エンジニアリング)検討チームを発足し、立ち上げの準備を進めています。今後はこのチームが主導し社内にオブザーバビリティの有用性を広め、その活用を拡大させていきたいと考えています。そして、今後ジールには、私たちがオブザーバビリティのさらなる有効活用が行えるようノウハウや事例、提案を期待しています」(河野氏)
(写真左手)
株式会社DNP情報システム
デジタルイノベーション推進センター センター長 河野 智晃氏
システム第3本部 システム基盤サービス部 部長 長澤 靖博氏
システム第3本部 システム基盤サービス部 課長 一澤 泰平氏
デジタルイノベーション推進センター 川井 雄貴氏
※右から順に
(写真右手)
株式会社ジール
クラウドマネージドサービスユニット 上席チーフスペシャリスト 森本 伸幸
クラウドマネージドサービスユニット マネージャー 星 一成
クラウドマネージドサービスユニット ユニット長 兼 アライアンス本部 本部長 黒沼 和光
コンサルティング営業1部 シニアアカウントセールス 岩本 康宏
※左から順に
※本事例内容は取材当時のものです