背景と課題
電子マネーチャージアプリの安定運用と顧客満足度向上を目指し運用監視の内製化に着手
2018年の開業より“みんなと暮らすマチを幸せにします”という企業理念を掲げ、すべてのお客さまにとって「いちばん近い銀行」を目指すローソン銀行。全国のローソン店舗などに設置した、13,500台を超えるATM(2024年9月末時点)を通じたATMサービスの提供を主力事業に、預金や、クレジットカード、決済アプリなどへのチャージ、海外送金カードの取り扱いなど、ATMの利便性を活かした多彩なサービスを提供してきた。
さらに近年では、コード決済アプリや非接触カードへの現金チャージを可能とした新型ATMの展開、ローソン店舗以外へのATMの設置拡大、ATMでの入出金でPontaポイントがたまるサービス「ぽんたまATM」など、顧客の「新しい便利」の実現に向けた新サービスも次々に打ち出している。
ローソン銀行は、ビジネスを支えるIT基盤の変革にも積極的に取り組んできた。IT戦略統括補佐 兼 基盤システム戦略部長 の松本 弘明氏は「これまでオンプレミスで構築・運用していた様々なシステムについて、それぞれの特性を考慮しながら適材適所でのクラウド移行を進めています。また、自動化による運用コストの最適化、アジャイル開発によるモバイルアプリのリリース頻度の向上、そして、クラウド事業者が提供する利便性の高いマネージドサービスの利活用にも着手しています」と語る。
株式会社ローソン銀行 IT戦略統括補佐 兼 基盤システム戦略部長
松本 弘明氏
そして、IT変革の一環としてローソン銀行が踏み出したのが、外部のSIベンダーに委託していた電子マネーチャージアプリシステムにおける運用監視の内製化である。「運用監視について、これまでも既存のSIベンダーは可能な限り迅速な対応を行ってくれていました。しかし、アプリユーザーに、より高品質で利便性の高いサービスを提供していくためには、システムの状況を自らがリアルタイムで把握することで障害の発生を未然に防いだり、また、障害の発生時にもいち早く原因を究明して問題を解決できるような仕組みが必要だと考えていました」と松本氏は説明する。
内製化によって具体的に実現したい項目は、次の4点だ。
①アプリシステムの日々の稼働状況やリソースの状況、そして、障害発生時の状況をリアルタイムに把握できるようにすること。
②アプリシステムの障害発生時にユーザーが利用できない時間、および、障害の影響範囲をいち早く掌握できるようにすること。
③ユーザーの電子マネーチャージアプリ利用時に、レスポンスの劣化などの顧客体験を損なわせるような予兆を察知すること。
④電子マネーチャージアプリにエラーが発生した際に、これまでは困難だったクライアント側の状況やエラーの原因を可視化できるようにすること、である。
採用のポイント
複雑化するシステム環境で効果的な運用監視を実現するためオブザーバビリティの実装を決断
株式会社ローソン銀行 ソリューション開発部 ソリューション開発課
森田 光氏
しかし、クラウドサービスの活用などシステムが多様化・複雑化を増し続ける中、複数のシステム環境にわたって常に全体の状況をリアルタイムで監視し、問題発生時には迅速な解決を図れるようにすることは至難の業だ。
そこでローソン銀行が選んだのが、オブザーバビリティ(可観測性)の導入である。オブザーバビリティとは、アプリケーションやインフラなど様々なシステムから発せられる情報を取得し、その状態や動きをリアルタイムで可視化することで、システムの安定稼働維持や、迅速なトラブルシューティングを支援するものだ。
さらにローソン銀行は、オブザーバビリティに加え、問題や障害の発生時に自動的にアラートを通知してくれるインシデント対応ツールの導入も決定し、選定を開始する。
複数のツールを比較検討した結果、最終的に選定されたのがオブザーバビリティプラットフォーム「Dynatrace」、そして、インシデント対応ツールの「PagerDuty」だった。Dynatraceは、インフラからアプリケーションまで多岐にわたるシステムの状態を統合的に監視、可視化するオブザーバビリティプラットフォームだ。導入の容易性をはじめ、監視対象の自動認識、AIによる問題の根本原因分析など、多彩な機能を有している。
Dynatraceを選定した理由について、ソリューション開発部 ソリューション開発課 の森田 光氏は「Dynatraceはオブザーバビリティの実現に必要な機能が揃っていたことに加え、対象となるサーバにエージェントをインストールするだけで、クライアントアプリ側の監視が可能になることも導入の決め手となりました」と説明する。
一方、PagerDutyは、外部のシステム監視ツールから受信したアラートを分析、対応の優先度を判定したうえで、電子メールやSMS、チャット、電話による管理者への通知や、担当者へのエスカレーションを自動で行うインシデント対応ツールだ。松本氏は、「PagerDutyはインシデント対応ツールとしてグローバルスタンダードの位置づけにあり、かつ、Dynatraceとの多数の組み合わせ実績があったことも採用の理由となりました」と話す。
そして、DynatraceとPagerDutyの初期導入支援を担ったのが、ジールだ。松本氏は「現在、ジールにはローソン銀行の情報系システムの構築をサポートしてもらっています。そうした中、運用監視の内製化について会話した際に、ジールがSRE(サイト信頼性エンジニアリング)ソリューションも提供しており、その一環としてオブザーバビリティツールを手掛けていることを知ったのです」と振り返る。
「そこで、改めてジールに提案を依頼したのですが、オブザーバビリティに関して高度な知見を有していただけでなく、内製化を考慮し、本番稼働後の運用も見据えた提案を行ってくれました。さらに既存の運用ベンダーとの円滑な関係性を築けるコミュニケーション能力も評価し、DynatraceとPagerDutyの導入を伴走支援してくれるパートナーとして、ジールを選択しました」(松本氏)
導入のプロセス
ローソン銀行にとって最善となるオブザーバビリティの導入を常に意識しプロジェクト遂行にまい進
2023年11月からDynatraceとPagerDutyの実導入プロジェクトがスタート。ジールによる手厚いサポートのもと、PoCから導入作業までスムーズに進み、2024年8月には本番運用を迎えることができた。
プロジェクト推進・技術支援のポイント①
ローソン銀行にとって最善となるオブザーバビリティを実現できるよう注力
今回、Dynatraceの導入支援を行ったジールの森本 伸幸は「オブザーバビリティを実装した運用監視の内製化を実現していくにあたって、現行の体制から一足飛びに運用監視をモダナイズさせることは現実的でありません。そうしたことから、どのような段階を踏んで内製化を進めていけばよいのか、Dynatrace導入後の実運用も視野に入れながらローソン銀行様にとって最善となる提案に努めました」と強調する。
「具体的には、オブザーバビリティの実装により、システムのあらゆる状況が可視化される中で、どのような事象を監視・分析の対象とするのか、また、問題や障害として検知した場合、どのような対応を行えばよいのか。これまで私が手掛けてきたオブザーバビリティの提案、導入の経験を活かしながら、ローソン銀行様と密にコミュニケーションを図りながら、設計・設定に注力しました」(森本)
そうしたジールのサポートについて松本氏は「ジールはオブザーバビリティの利点をしっかりと理解しており、そのうえで、現状のローソン銀行の運用監視体制をただ踏襲するのではなく、さらに進化させてくれるようなプラスアルファの提案を行ってくれました」と評価する。
株式会社ジール クラウドマネージドサービスユニット 上席チーフスペシャリスト
森本 伸幸
プロジェクト推進・技術支援のポイント②
密なコミュニケーションを図りながらインシデント対応のワークフローを作成
株式会社ジール クラウドマネージドサービスユニット コンサルタント
岡田 雄真
PagerDutyの導入についても、ジールはローソン銀行の要望に合致するインシデント対応を実現できるよう尽力した。導入支援を担当したジールの岡田 雄真は「基本機能の説明やPoCの実施だけでなく、本番稼働後の内製化を見据え、運用を自社で回していくためのワークフローの枠組みを作成しました。そして、ローソン銀行様との会話を重ねながら、実業務に合わせた形でワークフローの詳細を一緒に詰めていきました。例えば、Dynatraceからインシデント発生のアラートが送信されてきた際に、ローソン銀行様の意見を伺いながら対応の優先順位付けを定めるとともに、通知先やコールする時間帯の設定を実施しました」と語る。
森田氏もこのようなジールの支援について、次のように評価する。
「PagerDutyは機能こそシンプルですが、実際に設計したり運用したりするには多くの知識やスキルが必要となります。ジールは、設計時や運用開始直後に生じた疑問に対して都度、親身に回答してくれただけなく、機能説明をはじめ、設計に必要な項目を資料としてまとめてくれました。そうしたジールの手厚いサポートにより、PagerDutyに対する理解を深めることができました」(森田氏)
導入効果と今後の展望
インシデント対応にかかる工数を最大8割程度まで削減
アプリユーザーの満足度向上にも期待
ジールの伴走支援により、DynatraceとPagerDutyを活用したオブザーバビリティとインシデント対応を実現し、電子マネーチャージアプリシステムの運用監視内製化に向けて大きな一歩を踏み出したローソン銀行。現在、同システムに何かしらのインシデントが発生した際にはDynatraceが検知、分析を実施してPagerDutyへ送信。さらにPagerDutyは、アラート内容に基づき、担当者に自動的にコールする仕組みが実現されている。
オブザーバビリティ導入による最大の効果は、インシデント対応にかかる時間の大幅な短縮と作業負荷の軽減だ。これまではインシデントが発生した場合、エラーコードを見ただけでは原因が究明できない時には、アプリサーバにアクセスしてログを収集、さらにExcelのシートに転記するなどして集計し直す、といった煩雑な作業が発生していた。また、サーバ管理者にアプリサーバへのアクセス許可を依頼したり、原因の究明が困難な場合には別環境を構築して再現テストを行ったりするなど、さらに多くの時間と労力が発生するケースもあったという。
「Dynatraceの導入により、常にシステムの状態に関する情報が入手できるようになったことから、これらの作業が不要となり、最大で8割程度までトラブルシューティングにかかる工数を圧縮できています」と森田氏は評価する。
また、松本氏も「DynatraceとPagerDutyの導入によってアプリ障害の予兆も把握可能となり、障害が発生する前に対策を講じられるようになりました。これにより、システム運用の信頼度がさらに高まり、ひいては、アプリユーザー満足度向上にも寄与してくれると期待しています」と語る。
今後、ローソン銀行では電子マネーチャージアプリシステムだけでなく、他システムにもオブザーバビリティの横展開を検討していきたいという。ジールの伴走支援のもと、オブザーバビリティの実装により、電子マネーチャージアプリシステムにおける運用監視の内製化を実現したローソン銀行。多くの企業においてオブザーバビリティの導入が注目されている中、今後の同社の先進的な取り組みに目が離せない。